Powered By Blogger

2021年3月15日月曜日

3月15日

 


探偵シリーズバックナンバーより~


「真昼の真実妻の場合

 

 県央に住む50代の夫。身にまとうスーツは、かなりの高級品である。ブランドまでは特定できないが、そのゆったりとしたシルエットといい、仕立てもよい。職業については自営業としか語らない。

 ゆとりを見せるためだろうか、その表情は穏やかだが、嫌悪感と嫉妬(しっと)を無理やり閉じ込めているようにも感じた。妻とは20歳以上も年が離れており、幼稚園に通う女の子が一人いる。夫は、3度目の結婚であり、結婚していた時に、現在の妻と知り合った。本当は、家庭は壊すつもりなどまったくなかった。最初は、後腐れもなく、楽しく過ごせればいい、ある意味、人生におけるエッセンスとでもいうような、理想的な恋愛ができればと思っていた。

 しかし、恋愛中に、結婚を前提として付き合い始めた男性がいると告げられたときから、その思いは激変した。嫉妬が心を揺さぶり、嫉妬が身体を蝕(むしば) んだ。夢中になって引き止め、その代償として前妻と子供をにべもなく突き放し、家を出て離婚し、そして結婚した。今振り返っても、その時は罪悪感をはるかに凌(しの)ぐほど彼女を手放したくないという思いが頭を占拠していたという。

 しかし、結婚4年を過ぎ、子供が幼稚園へ通うようになってからだろうか、妻の態度が妙に感じられた時が何度かあった。夫が近寄ったとき、妻がふいに身を引いたとか、視線を合わせなくなったとか。それも、露骨にではなくて、思わず身体が無意識のうちに反応したとでもいうように。

 また、都内での商談がキャンセルになり、昼過ぎ、急に自宅マンションに帰宅したら妻の姿が見えなかった。携帯に掛けると呼び出すものの出ない。折り返し掛かってきたのは20分後で、「幼稚園の保護者たちで食事をしていて、今店を出た」という。しかし、外での会話でも車内の会話でもないことが分かる。ざわめきも何もない。よく、密室での会話にありがちな、「響く声」だった。

 夫の疑惑は、確信に近いものへと変貌(へんぼう)していった。そして、子供を幼稚園バスに乗せた後から調査する決断をした。調査開始2日目の朝、昨日とは別人のような装いで、化粧も念入りに施している姿で子供を乗せた。必ず動く、探偵の勘はそう告げていた

 (次回に続く)

0 件のコメント:

コメントを投稿